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明治十八(1885)年乙酉八月一日 龍舸嚴島を経て地御前村阿品湾へ
航む同村有志胥謀り新く棧橋を架し奉迎を今爰へ記念碑を其
遺趾へ建設し以て後昆へ傳ふ
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昭和六(1931)年四月穀旦
正八位勲八等 石田久雄識 |
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| 舸(か) |
ふね→船。 ※龍舟(りゅうしゅう)=天子の乗り船。へさきに竜の首を飾る。 |
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明治天皇が行幸されたのが明治18(1885)年でこの碑が建立されたのがそれから四半世紀ほど後となっていました。
j外国コインにはしばしばその国の元首肖像が刻印されていますが、日本の硬貨には天皇の肖像が刻まれることはありませんその代わりに明治時代は龍が刻印されていましたので、碑文を見たとき龍舸が天皇を乗せた船かなと思いましたが詳しいことはわかりませんでした漢和辞典を引いて十八史略にその用語が出てくることを知りました。 |
| 07.11.20裕・記編集 |
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’07.09.04.撮影 |
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| 廿日市市阿品1-10 おあがり場公園 |
從一位勲一等侯爵浅野長勲閣下 題字 |
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’07.09.04.撮影 |

’07.09.04.撮影 |

’07.09.04.撮影 |
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| 碑(表面) |
西幸記念碑 |
碑(裏面) |
(側面) |
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