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由緒:宮地嶽神社の創建は、約1600年前。御祭神「息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)
」別名「神功皇后(じんぐうこうごう)」は第十四代仲哀( ちゅうあい)天皇の后で応神(おうじん)天皇の母君にあたられます。
古事記・日本書記等には渡韓の折、この地に滞在され、宮地嶽山頂より大海原を臨みて祭壇を設け、天神地祇※を祀り「天命を奉じて彼の地に渡らむ、希わくば開運を垂れ給え」と、祈願され船出したとあります。
その後神功皇后の御功績をたたえ主祭神として奉斎し、随従の勝村・勝頼大神を併せ、「宮地嶽三柱大神」としてお祀りしました。ここ宮地嶽神社は、全国に鎮座する宮地嶽神社の総本宮です。 |
| ※てんじん・ちぎ =日本では、高天原(たかまのはら)に生成または誕生した神々を天神、初めから葦原中国(あしはらのなかつくに)に誕生した神を地祇とする |
| 福岡県宗像郡津屋崎町宮司 (現在:福岡県福津市宮司元町7-1) |
| ☆2005(平成17)年1月24日福間町と津屋崎町が合併し福津市(ふくつし)が発足しました。 |
福岡に住んでいた時はよくお袋などと太宰府天満宮、この宮地嶽神社に初詣をしました、もう昔々のことになりました。
その時(半世紀も前になりますが)は西鉄電車・宮地嶽線に乗ってでした。今(2003年)回のように車でお参りに行ったのは初めてでした、もっとも広島から女房の故郷志賀島に行く途中だったからですが・・・ |
| 09.04.27更新 04.05.13裕・記編集 |