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| 三人舞妓 小島与一作 |
この銅像は、小島与一(1886-1970:明治19年〜昭和45年)による博多人形「三人舞妓」(高さ40cm、極彩色)を三倍に拡大、彩色は博多産粘土の素焼き過程にちなむ。大正14(1925)年作者38歳。パリ万国現代装飾美術工芸博覧会の国際舞台に農商務省指名により原型人形を創作出品、銀賞受賞の栄誉に輝く。不滅の意義を刻んだ。
作者・小島与一はなお清新な名作を世に問い続け後継者育成に尽力、名人と呼ばれ多くの市民に親しまれた。銅像は故人が愛した清流のほとり、博多の街と人形の生々発展を見守る。 江頭光(西日本新聞社編集委員) 識 |
| (小島)与一25回忌に 小島千代子 建之 平成6(1994)年9月26日 |
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博多人形は、伝統的工芸品(経済産業大臣指定)となっています。
博多・寿通りで育ったわたしは、小島与一の名前は聞いたことがあります、飾り山笠は博多人形師の腕を示すものとして発展していったのでしょうが、小島与一と飾り山笠のつながりはわたしには、いまいちわかりませんが、同じ与一で博多人形作家の置鮎与一は寿通りの飾り山笠の作者であったと思うのですが・・・ |
| 08.05.06裕・記編集 |
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08.01.26撮影 |
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こじまよいち
小島与一
1886-1970 |
博多人形師。(現在の)福岡市博多区生まれ。
博多人形師の第一人者として活躍。火野葦平の小説「馬賊芸者」のモデルになったそうです。人間国宝。 |
よしいいさむ
吉井勇
1886-1960 |
歌人・劇作家・小説家。東京生まれ。早大中退。「明星」から「スバル」に転じ編集に従事。紅灯の巷を舞台にした独自な耽美的歌風で知られる。歌集「酒ほがひ」「祇園歌集」、戯曲集「午後三時」のほか、小説・随筆など多方面の著書を残した。 |
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