筑紫野市のマンホール蓋

  福岡県筑紫野市でみた筑紫野市のマンホール蓋を取り上げました。
筑紫野市は、古来より人、物、情報が行きかう場所で、古事記に「筑紫、身ひとつにして、面四つ」とあります。このことから「つくし」は古代九州の総称であったことがうかがわれ、筑紫野はその中心的な存在であったのです。
現在、福岡県の中央部、やや西よりに位置する筑紫野市の中心地は二日市です。東西15.9km、南北14.1kmに広がる市形は、蝶が羽を広げた姿に似ています。西が背振山系、東が三郡山系の一部をそれぞれ形成。
市域中央部には平坦地ながらも分水嶺を抱え、御笠川・那珂川水系は北流し博多湾へ、宝満川水系は南流し有明海へそれぞれ注いでいます。人口99,778人。世帯数39,080世帯(平成21年2月末日現在)
※筑紫野市の資料は、筑紫野市総務部総務課の資料を参考にしました。
廿日市は古く(開湯は1300年前と云われています)から温泉地として知られており、半世紀も前わたしが小さかった頃、できもの治療にと何度かお袋に連れて来てもらった思い出があるのです。
西鉄廿日市駅から太宰府市の義姉の家に行こうとバスを待つ時間に駅の周りをぶらり散歩し、マンホール蓋をみて撮影しました。 
 10.05.28裕・記編集

08.04.28撮影
JR廿日市駅附近でみたマンホール蓋です。

08.04.28撮影

08.04.28撮影
市の木は、「椿」で『古事記や万葉集の歌に良く歌われている椿を、万葉の里・筑紫野のシンボルとして1977(昭和52)年選定しました。豊かで艶やかに咲く花は筑紫野の活力を象徴しています。』ということだそうです。
市の花は、「サルビア」で、『「強い輝き」という意味を持つサルビア。緑と太陽の街・筑紫野にふさわしい花といえます。象徴的な赤い色は、情熱や生命力を感じさせます。』ということで1977(昭和52)年選定されたそうです。

08.04.28撮影

08.04.28撮影
市章は、ちくしのの「ち」を図案化したもので、上部の突き出た部分は「躍進」を、外周の円は「融和と豊かさ」を表し、
1958(昭和33)年「筑紫野町章」として制定されたものが、1972(昭和47)年の市制施行により「筑紫野市章」となったものだそうです

08.04.28撮影



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