(疫神社)明神腰掛石

  大竹市元町に鎮座している疫神社の境内に安置されている「(厳島)明神腰掛石」です。
明神腰掛石(いわ)
往古、厳島明神が船でこの地を訪れた時、たまたま釣りをしていた所翁に「あなたはどこの方ですか」と尋ねられました。
翁は「所のものです」と答えました。
すると明神はこの答えに大そう喜ばれ、この石(いわ)に腰掛けられ、しばし憩われたと伝えられています。
* 明神:みょうじん《「名神(みょうじん)」から出た語か》神の尊称。
所の翁のこと、 所の翁の末裔は、現在も所姓を名乗り(広島県大竹市の)大瀧神社の神主家となっています。
狛犬も参拝の人を迎えてくれますが、ここ疫神社には、砲弾を載せた碑(塔)があり、社殿の前に行って参拝して薬師寺へとなるところでしたが、説明碑がある、注連縄を付けた石がありました。説明石をみると明神腰掛石とありました。
厳島神社の祭神宗像三女につながる多岐津姫命(田心姫命)に繋がる伝承がある神社だったのだと(わたしは)思いましたので撮影しこの頁を編集しました。
 11.07.30裕・記編集

11.06.02撮影
広島県大竹市元町4-12-11付近 疫神社境内

11.06.02撮影



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