(舞鶴引揚記念館の)平和の誓い

  引揚記念公園は、引揚者用の桟橋が設置されていた平地区を見下ろす丘に舞鶴市と京都府により、1969(昭和44)年11月に着工し、1970(昭和45年)3月完成しています。舞鶴引揚記念館は、1988(昭和63)年引揚に関わる一連の資料を展示する施設として引揚記念公園の中に建設されています。
  ここ舞鶴引揚記念館の入り口横・外壁に海外引揚四十周年にあたり「平和の誓い」が設置されています。先の大戦から得た教訓をいかさなければならないと述べています。記述文章は各方面に配慮した表現になったのでしょう、直接的な反戦・平和の文言は記述してありません、しかし悲惨でしかなかった戦争を地球上から無くす不断の努力を続けなければならないと述べているとわたしは解釈しています。
バスツアーという時間的な制約がある中で展示資料を見ることを優先しましたので、記念館内部の撮影はほとんどしませんでした。岩壁の母の歌は知っていましたが、モデルになった、息子さんの帰りを待っていた端野いせさんのこと、息子さんは亡くなったのではなく中国で生きておられたが帰国されなかったということは、ここではじめて知りました。
資料は、舞鶴引揚記念館の資料を参考にしました 08.07.05裕・記編集

06.08.11撮影


























































































































































































































 














 



















 

















 












































































 我

姿









































々 



















 






































 























使











































































































06.08.11撮影
時鐘   興安丸 7,573t

06.08.11撮影
興安丸(こうあんまる) 引揚乗船者数17,891名

06.08.11撮影

06.08.11撮影
記念館内部 シベリヤ抑留生活模型で展示されていました

06.08.11撮影

06.08.11撮影
煙草入れ  旧ソ連製煙草 『「いつ帰ってもわかるように・・・」といせさんは新二さんの表札を死ぬまで玄関に掛けていた』



天橋立・舞鶴ぶらり散歩



広島ぶらり散歩へ
舞鶴引揚記念館
(記念館の)平和の誓いなど
(舞鶴)引揚記念公園
(公園の)平和の群像
(公園の)望郷慰霊之碑
(公園の)ああ母なる国の碑
(公園の)異国の丘・岸壁の母の歌碑
(公園の)平和への祈念像
(公園)憩いの広場








SEO [PR] 冠婚葬祭  秘湯 わけあり商品 動画無料レンタルサーバー ブログ SEO