(日露戦争戦勝記念の) 松並木
  1908(明治39)年4月、三筋(御筋)川の「なんまん」と呼ばれていた土手に当時の五日市小学校の高等科の生徒たちが、日露戦争の戦勝記念として、大小75本の黒松を植樹したものだそうです。
日露戦争で、五日市からの従軍者は332名で28名の方々が戦死されたそうです。
源範頼の墓に行く途中、岡の下川沿いにみた松の並木でした、少し後に会ったまちづくり交流ウォークの藤井先生に西国街道の松並木の名残なのでしょうかと尋ねたところ、西国街道が川沿いを通ってはいないので違うと思いますと教えていただいたのです。それからは何やら、いわれがありそうな松並木と思っていたのです・・・佐伯区の資料をみていると日露戦争戦勝記念の松並木という事がわかりました。その資料には上記の記事がありました。
2008年は川下の方から撮影してみました。
※資料は佐伯区の資料を参考にしました 08.09.30更新    07.03.26裕・記編集

07.02.07.撮影
広島市佐伯区五日市中央1丁目 (五観橋からJR山陽本線の岡ノ下緑地)

07.02.07.撮影

07.02.07.撮影
説明板があるかもとチト探しましたが探し方が悪くて・・・・

08.09.28.撮影
岡の下川の川下の方からみました
日露戦争
(明治37・8年戦役)
1904(明治37)年2月から1905(明治38)年にかけて、満州・朝鮮の支配をめぐって戦われた日本とロシアの戦争。ロシアの南下政策に対して日本は英・米の支持の下に強硬政策をとり開戦。日本軍は旅順攻略・奉天会戦・日本海海戦で勝利を収めましたが、軍事的・財政的に限界に達し、ロシアでは革命運動の激化などで早期戦争終結を望み、両国は米国大統領ルーズベルトの勧告をいれて、1905(明治38)年9月ポーツマスで講和条約を締結しました。



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