上瀬野一貫田宿、道標

  広島市企画総務局都心活性化推進課発行『西国街道めぐり』をみると上瀬野一貫田宿が掲載され、『旧上瀬野村一貫田は、中世の世能庄の中心で鎮守社の平山神社の麓に発展しました。近世には海田市宿と西条四日市宿との中継地の間宿となり、本陣が置かれました。水力を利用した広島藩の油御用所が置かれ明治に入ると官営の錦糸紡績工場が士族授産の施設として開設されました。・・・』とあったのです。
わが家から一貫田へ自転車で行ってみようと思ったのです。種田山頭火の句碑も建立されているからと・・・広島藩の油御用所附近をくぐるっと回ってみましたが説明板はないようでしたが、熊野跡・呉方面、海田市・広島方面、八本松・西条方面への(大正時代の)道標が残っていました
06.03.14裕・記編集
   関連頁:平山神社   (上瀬野一貫田の)種田山頭火句碑

06.03.05撮影
広島市安芸区上瀬野2附近

06.03.05撮影
(上瀬野・一貫田)道標

06.03.05撮影
広島市安芸区上瀬野2 県道174号根際の道標
  右:熊野跡 呉 
左:八本松 西條
方面
  右:海田市 廣島
左:熊野跡 呉
方面
大正甲子
大正13(1924)年



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