|
| 芸州廿日市御本陣旧趾 |
| 当本陣は寛文(1661-1673)の昔より、世々山田氏の管する所也。山田氏もと鎌倉の人、承久年間(1219-1222)、厳島祠官の請に応じ、芸州に下向以来、累世神社並びに近隣の鉄具鋳造に精魂を傾け、本陣はここ東西壱参三間、南北四拾五間の地を占め、以て本宿の中枢たる偉容を誇りしも、維新の前夜、長州南征の役にあたり、悉く烏有に帰し、往時繁栄の俤を偲ぶに由なり。今有志相謀り、旧地の一角に碑を建て、由来を刻し、以て後世に伝うものなり。
昭和55(1980)年春吉日 宮島口ライオンズクラブ |
|
| わたしは、(西条)四日市本陣、(海田市)海田本陣跡につづいて、ここ廿日市の本陣跡をみました。本陣跡説明石碑でその歴史の一端を知りました。 |
| 資料は碑文を参照しました。 |
07.05.11裕・記編集 |
|
|