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南区京橋町の歩道脇に設置されている「西國街道・表示碑」です。 |
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(さいごくかいどう)
西国街道: |
近世には京都と長崎を結び、江戸へ続く主要街道で、山陽道の名でも呼ばれています。
17世紀現在の形にできた西国街道は、当時陸上の大動脈として文化、社会の交流に役立っていました。これが基になって、今の国道2号になっています。
福島正則の時代(藩主:1600-1619)に広島城下へ西国街道が整備された(それまでは広島の北の方を通っていた)そうです。 |
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広島駅から歩いて街(中心地)に行く時、駅前大橋を渡り、ここの歩道も通るのですが昔からこの石柱があったわけではありません。2008年になってこの西国街道表示石柱に気が付き撮影したのです。
西国街道が取り上げられることが多くなってきた現在ですので、観光資源としてこの石柱が建立されたのかなと思いました。 |
08.05.29裕・記編集 |
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