(原爆供養塔納骨名簿)-遺族を捜しています-:掲示

  『昭和30(1955)年7月に、現在の原爆供養塔が完成したのをきっかけに、各所に散らばっている遺骨の収集が進められ、昭和30年末頃までに氏名不詳の遺骨約7万柱、遺族がわからず氏名の判明している遺骨2,432柱が納められました。現在(2006年7月時点)、氏名が判明しながら遺族のわからない遺骨は、826柱納められています。ご遺族やお名前等に心当たりのある方は、お知らせください。広島市は全国の都道府県や市など1140ヶ所に送り、7月14日から10月31日まで掲示してもらう』そうです。(2006年の報道)
被爆後62年をむかえようとする2007年まだ825名※の方々のご遺族がわからない・・・・毎年少数であるようですが遺族の方がわかっていると聞きます、無念のうちに亡くなったであろう方々のことを思うと決してやめることは出来ないことであると思いここに取り上げました。
2009年7月11日新聞(朝日新聞)をみていたら『原爆供養塔に納められている約7万人の遺骨のうち、氏名が判明しながら遺族と連絡が取れていない820人の名簿を全国の都道府県た市町村など計2019箇所に発送した。一人でも多くの遺族を見つけたいと、今(2009)年から首都圏や関西などの被爆者団体15団体も送付先を加えた。・・・昨年夏以降では長崎県出身の杉内政夫さんの遺族と連絡が取れ、近く遺骨が引き渡される』と加戸記者署名記事が掲載されていました。
※当地中國新聞にも同様の記事がありましたが、遺族発見などに一昨年からおかしいところがありましたので今年は朝日新聞の記事を参照しました。
このニュースを聞くとき、原爆で無念のうちに亡くなった方々の縁つながりの方が一人でもわからないかとの思いがつのり目頭が熱くなるのですが、恥ずかしい事に(わたしは)2006年から報道の内容をきちんとみるようになりましたが、2006年が826名の方々だったのが今(2009)年は820名となっていました。(昨年823名掲載、1遺族が判明では822名となると思うのです)
単純に引き算をすると6名の遺族が判ったことになるはずなのですが、どうも(報道だけの情報ですが)計算が合わないのです。原爆による多数の方々の犠牲で混乱した状態であったとは想像できますが、亡くなった方々が簡単に扱われているようで、あえてここに記述しました。
09.07.17追記     07.02.21裕・記編集

06.08.05撮影
広島市中央図書館に貼り出されていたものを撮影しました。

06.08.05撮影




























































簿


























































連絡先・局名が今(2009)年は、広島市健康福祉局原爆被害対策部調査課 TEL082-504‐2191です。
(過去の報道)
  2007年7月6日、TVをみていたら「納骨名簿824人全国へ発送」というニュースをみました。
2006年は2名の方が身元がわかったこと・・・1968(昭和43)年から「原爆供養塔納骨名簿」の公開をはじめたこと、
1985(昭和60)年から(今2007年は824名の)氏名が掲載されている名簿の全国発送をはじめたことを、
現在(2007年7月)までに1610名の身元が判明している☆(824+1610=2434名で昨年の名簿でみた2432柱と数字が違うが)全国2028自治体(今年から町村へも)、区役所・JR広島駅など市内145施設に発送したことを知りました。
※広島市社会局原爆被害対策部調査係の資料を(2007年2月時点)参考にしました。
  2008年7月9日、ラジオを聞いていたら7月8日広島市は『原爆死没者の遺骨遺骨のうちお名前が分っているものの引き取り手が見つからない823体分の納骨名簿を全国の自治体など計2012ヵ所へ発送した。7月15日から掲示してもらい遺族からの連絡を待つ』と・・・広島市は1968(昭和43)年から2432柱の名簿公開をはじめ、これまでに1611柱の遺族(昨年からは今年6月の1柱が)判明していますと。



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