(平和記念公園の) 西國街道表示
  平和記念公園内を東西に横切る道路(旧・西国街道であった道)にある横断歩道を改修(ハンプ=車道上に設ける小丘やドライバー・歩行者の注意喚起を図るためのカラー舗装など車両の速度を減速させるような改良)を実施するというニュースを聞きましたので、行ったら撮影しようと思ったのです。
みると、西國街道の表示が歩道面につけられていましたので撮影しました。2010年になりましたが頁を編集しました。
さいごくかいどう
西国街道
近世には京都と長崎を結び、江戸へ続く主要街道で、山陽道の名でも呼ばれています。
17世紀現在の形にできた西国街道は、当時陸上の大動脈として文化、社会の交流に役立っていました。これが基になって、今の国道2号になっています。福島正則の時代に広島城下へ西国街道が整備された(それまでは広島の北の方を通っていた)そうです。
さんよう どう
山陽道
古代、律令期における国の上部の地域単位である五畿七道の一つ、およびそこに設定された官道の名称。中国地方の南側にあたり、734(天平6)年に安芸、周防の国境が定められて、播磨、美作(みまさか)、備前「延喜式」では以上近国)、備中、備後(以上中国)、安芸、周防、長門(以上遠国)が確定しました。美作以外の瀬戸内海側を京と大宰府を結ぶ古代の最重要路山陽道が貫通し、原則として駅馬20〜30疋(ぴき)が常備されていました。駅数は「延喜式」では合計54駅でありました。
10.02.04裕・記編集

’09.09.14.撮影
広島市中区中島町1 平和記念公園

09.09.14.撮影
横断歩道から北側から東側(レストハウス、元安橋)をみる

09.08.18.撮影

09.08.18.撮影



平和記念公園」編



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「通り・街道」編







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