(広島県産業奨励館は)湾曲した建物

  1915(大正4)年4月5日竣工した“廣島縣物産陳列館”建屋は湾曲していたについてこの頁で取り上げました。
東側の外壁は弓型に湾曲し、南北壁は平行ではなく、西に向かって少しばかり広がっているのです。
ヤン・レツルが設計した広島県産業奨励館をわたしは、2000年1月からデジカメで撮影しはじめました。
撮影をはじめた当初、ドーム部分が楕円形だということを知りませんでした(円形だと思っていたのです)。
資料の写真をみているときにドームが楕円形であったことに気がついたのは、しばらく経ってからでした。
しかし、広島県産業奨励館が湾曲した建物であったことは、資料で平面図を見たにもわからず、何年かの時間がかかりました。
わたしはそれに気がついた時に愕然としました、建築屋の端くれというのに如何に節穴の目をしていたのかと。
一般的な平面計画の建物は長方形なり正方形なり、方形であるのです。
平面において曲面を持った建物はどこかにデットスペースがでるから(非経済的な建物になるから)です。
外壁面に曲線を用いることは多々あることで(レツルが曲線模様の装飾を手掛けていたことなどから正面に曲線をもった部分を設計し、塔にドームをもった建物にしたことは)当時の建物設計の先端をいこうとしていたのかと思ってはいましたが。
建物を湾曲にした設計であることは、この広島県産業奨励館のデザインだけにとどまらない周辺景観と連続するデザインにこだわる当時の欧州的設計手法を取り入れて、太田川デルタに発達している廣島に合わせて湾曲した平面計画にしたのかもしれないと思ったりしました(この考えはわたしが勝手に感じたことです)。
いままで地上からいろいろな角度で原爆ドームを撮影していたのですがどうも湾曲した建物とは写せなかったのです。
広島平和記念資料館企画展2008年「被爆建造物は語る」を見学しているときに原爆ドームの模型に目がいきました。
ペリコプターを飛ばして上空から撮影することなどできないわたしですので、被爆して原爆ドームとなった広島県産業奨励館が湾曲した建物が模型でも判るかもしれないと思ったのです。
この企画展には、設計図も展示してありましたので、その図面からも、湾曲した建物だということのダメを押しすることができると思い撮影しました。
広島平和記念資料館東館地下1階廊下に被爆前の写真パネルが展示されています。今(2015年)回改めてみていると、湾曲している事がわかるような角度(≒南東)から撮影されていましたので、このパネルを撮影しました。
この画像には、元安川にはデルタでの生活の一端?筏が写っていました。
また、広島市は、毎年『国内ジャーナリスト研修「ヒロシマ講座」』を行っているそうで、
今(2015年)回、その研修中に原爆ドーム内の見学があると云う事で、わたしはジャーナリストではありませんが、原爆ドーム内の見学に参加させていただけることになり、残っている1階部分の東側壁を撮影したのです。
展示パネルには東側外壁1階部分が写っていないので少しばかりわかるかな思い、撮影しましたので、その画像を加えこの頁を更新しました。
15.07.30.更新    08.09.25裕・記編集

15.07.29.平和記念資料館東館地下1階廊下展示パネル撮影
広島平和記念資料館地下1階廊下展示の被爆前のパネルを産業奨励館を中心に撮影しました

15.07.29.撮影
(南側から被爆後現在の)東側外壁をみました

08.09.19撮影
企画展展示の模型を撮影しました。

08.09.19撮影

08.09.19撮影
企画展展示の1階平面図 (湾曲していることがわかるな〜と)

08.09.19撮影
2階平面図

08.09.19撮影
3階平面図
※正面側の長さが、裏面(東面)の長さより長く設計しています、裏面は直線ではなくゆるい曲面になっています。
わんきょく
湾曲:彎曲
弓形(きゅうけい:弓のように弧をなして曲がった形)に曲がること。

08.04.04撮影
東面(画像で右側の壁面)がゆるく曲面になっているのがお解りになると思うのですが。

08.09.19撮影
パースも展示してありました



「原爆ドーム」編



広島ぶらり散歩へ
原爆ドーム(概説)
旧・廣島縣産業奬勵館
(広島県産業奨励館は)湾曲した建物
原爆ドーム・ドーム鉄骨部分(楕円形について)
旧広島県産業奨励館・(中央)木造螺旋階段
旧広島県産業奨励館・鉄骨螺旋階段
旧広島県産業奨励館・地下室への階段
広島県産業奨励館・噴水跡
  広島県産業奨励館噴水の吐水口





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