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安佐南区祇園の旧油谷重工業広島工場に創建されている「福守稲荷大明神」です。
※コベルコ建機は佐伯区五日市港に移転しましましたので、2013年現在この場所に稲荷神社はありません。 |
福守稲荷大明神は、現在コベルコ建機広島事業所に祀られ、所謂屋敷神です。1999(平成11)年7月神鋼コベルコ建機と油谷重工とが統合しコベルコ建機(株)になる前は油谷重工業広島工場だったのです。
このお稲荷さん、正一位と神社額に刻まれていましたので、稲荷神社総本社の伏見稲荷から勧請されたものだろうと思い、また石燈籠には昭和13(1938)年12月吉日と刻まれていましたので、この稲荷社もその時の創建かなと思いました。 |
(油谷重工国民義勇隊)慰霊碑を訪ねたときに、その慰霊碑の根際のこの稲荷社の赤い鳥居に目がいきました。慰霊碑に頭を垂れた後、この稲荷社も撮影させていただきました。
1939(昭和14)年油谷重工業が(日本工業を買収して)広島工場を開設していますので、油谷重工業創業当初から工場の安全と繁栄の願いが込められて創建されたお稲荷様で、会社名が変わってもいまに受け継がれているのでしょう。 |
08.11.21裕・記編集 |
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08.11.01.撮影 |
広島市安佐南区祇園3-12-4 |
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08.11.01.撮影 |

08.11.01.撮影 |
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やしきがみ
屋敷神 |
屋敷地の一隅やその隣接地にまつる神。山の神・稲荷などをまつることが多い。 |
いなりしんこう
稲荷信仰 |
稲荷神およびその眷族(けんぞく≒一族。親族)である霊狐に対する信仰。食物神・農耕神への崇敬として発祥したが、商業神・漁業神・屋敷神など多様な信仰形態をとるようになった。あらゆる願望に応ずることから、稲荷講の組織を通じて全国に信仰が普及した。 |
いなり
稲荷 |
1)五穀をつかさどる倉稲魂神(=宇迦之御魂神:うかのみたまのかみ)をまつった神社。稲荷神社。また、総本社の伏見稲荷のこと。
2)〔倉稲魂神の別名御食津神(みけつかみ)を三狐神(みけつかみ)と結びつけて。また、キツネを稲荷神の使いとする俗信と結びつけて〕キツネの異名。 |
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