広陵学園(旧宇品校舎)

 昭和20(1945)年8月6日8時15分人類史上初めての原子爆弾が投下されました。一瞬に広島の町は焦土と化し、人々のささやかな幸せも崩れ、地獄絵図惨状に塗り替えられました。「70年間草木も生えない」と言われた放射能の被害は、今も多くの市民を苦しめています。
この陶板画は、当時宇品御幸町にあった広陵中学校(現:広陵高等学校)付近の惨状を目の当たりにした被爆者が描かれた絵です。悲惨な被爆体験を風化させることなく継承し、世界の恒久平和の実現を願うよすがのひとつとして、広島シビタンクラブの協賛を得てこの絵碑を建てました。
平成15(2003)年6月27日 学校法人広陵学園 広陵高等学校
「被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会」の2号碑の根際に、その2号碑建立趣旨を記した碑(碑文は上記)が設置されています、その碑に学園が南区宇品にあった当時の写真がありましたのでこの頁で紹介しました。
06.10.10裕編集

06.09.30撮影
広島市安佐南区沼田町伴4754  (学校法人広陵学園・広陵高等学校正門付近)

05.11.03撮影
南区宇品御幸町時代の旧宇品校舎 (説明碑の写真を使用しました)
    広陵学園概要沿革
1896 明治29年2月 数理学会を広島市袋町80番地に鶴虎太郎設立
1898 明治31年4月 数理学会を究数学院と改称
1901 明治34年5月 私立広陵中学と改称
1905 明治38年3月 竹屋村に新築移転
1921 大正10年3月 設立者田中イト他3名による財団法人広陵中学校設立認可
大正10年4月 宇品町千田公園隣接地に新校舎竣工、生徒数735名
1945 昭和20年8月6日 原子爆弾で講堂及び教室一棟倒壊
1948 昭和23年5月 学制改革により広陵高等学校(全日制普通科)を開設
1951 昭和26年3月 私立学校法の制定により学校法人広陵学園発足
1973 昭和48年4月 広陵高等学校、沼田町新校舎に全面移転
資料は広陵学園の資料を参考にしました



広島ぶらり散歩「建物」編



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   (広陵学園関連頁)
広陵中学校職員生徒慰霊碑
「被爆者が描いた原爆の絵を街角に返す会」広陵学園
(広陵中創設者の一人)田中イト女史顕彰碑
広陵学園(旧宇品校舎)






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