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被爆建物・山陽文徳殿や被爆した桜、枯死したクロマツをみていたのですが、2008年雑草の刈り込みがされており、枯死したクロマツをみに近づこうとしたときにこの小さな石碑に目が留まりました。
みると「立太子」の文字がみえましたので後ろに回って石碑裏を見ると大正三年かとおもいましたが、よく見ると大正五年でした、帰宅後調べると大正5(1916)年に立太子礼で(先の昭和天皇が)皇太子になられた年でした。 |
| 08.03.12裕・記編集 |
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08.03.03撮影 |
| 広島市南区比治山町7−1 山陽文徳殿 |
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04.07.10撮影 |
立
太
子
禮
奉
祝
記
念 |

08.03.03撮影 |
大
正
五
年
十
二
月
埴
土
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りったいし
立太子 |
皇太子を定めて、公式にその地位につけること。皇太子に冊立(さくりつ)すること。立坊(りつぼう)。 |
りったいしれい
立太子礼 |
立太子の儀式。 |
ほうしゅく
奉祝 |
つつしんで祝うこと。奉賀。例文:「皇太子誕生を奉祝する」 |
しょうわてんのう
昭和天皇
1901-1989 |
124代天皇(在位 1926-1989)。名は裕仁(ひろひと)。幼名、迪宮(みちのみや)。大正天皇の第一皇子。1916(大正5)年立太子礼により皇太子となった。1924(大正13)年久邇宮良子女王と結婚。1921(大正10)年摂政となり、1926(昭和元)年即位。在位64年に及び史上最長。 |
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