(比治山公園の)正岡子規句碑

  南区比治山公園の富士見台展望台入口付近に建立されている「正岡子規句碑」です。
この句碑に刻まれた「鶯の口のさきなり三萬戸」は、“寒山落木”巻4にある句で、正岡子規(まさおかしき:1867-1902)が、日清戦争(1894-1895)時従軍記者として中国に派遣される前に廣嶋(広島)に滞在した時詠んだものです。
    寒山落木(かんざんらくぼく)
正岡子規の句集。5巻。1924-1926年刊。
子規の 1885-1896年の句作1万2,700句を分類整理のうえ自選して稿本としたもの。
































明治28(1895)年春詠む

04.07.10撮影
比治山公園には何度か来た事がありますが、この富士見(展望)台に来たのは今(2004年)回の交流ウォークがはじめてでした。
建立されている大木惇夫詩碑、入口の所に建立の正岡子規句碑も知りませんでした。
また、正岡子規が従軍記者として広島に滞在したということも今回教えていただきました。
2008年になりましたが、再度撮影して独立したこの頁に再編集しました。
2015年陸軍墓地に行く途中久しぶりに立ち寄り撮影しました。
15.09.08更新    04.07.20裕・記編集

08.03.03.撮影
広島市南区比治山公園  富士見台展望台

08.03.03.撮影

08.03.03.撮影






























































明治28年=1895
昭和33年=1958

08.03.03.撮影
子規がみた三萬戸の廣嶋は(昭和20(1945) 年8月6日焦土と化しましたが)現在50万戸の大都市に

15.09.05.撮影

15.09.05.撮影

15.09.05.撮影



比治山公園一覧


「文学碑など」編



広島ぶらり散歩
(比治山公園富士見台)
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