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現在西区の三滝地区になっています。その歴史についてこの頁で取り上げました。
※三滝寺の高所からみた三滝地区の画像を掲載しました。 |
三滝地区は明治になるまでは、安芸国沼田郡新庄村といわれていました。
(太田川と旧山手川に挟まれた島がありこれが別府の庄と呼ばれていました、これが今の三篠地区のはじまりです) |
1889(明治22)年町村制施行で沼田郡三篠村が発足(村役場は旧・楠木村に設置)
1898(明治31)年に沼田郡が(高宮郡と統合して)安佐郡にかわり、安佐郡三篠村に変更になりました。
1907(明治40)年町制が施行され安佐郡三篠町になりました。
1929(昭和4)年広島市に編入、広島市三篠町となり、1933(昭和8)年にはじめて三滝町の呼び名がつきました。
1967(昭和42)年太田川放水路完成し大きく地域が分断され放水路東側を三滝町、西側を三滝本町としました。
1970(昭和45)年から三滝町、三滝本町、及び三滝山の3つの三滝が付いた町となりました。 |
本堂から少し下がった処から十三佛にお参りしながら登っていくと広島市内がよく見える広場に着きます。
一休みしながら汗を拭き、広島の街を見下ろしながら少しばかり三滝地区の歴史を思うのもいいものではと思いこの頁を編集しました。 |
07.12.13更新 04.12.04裕・記編集 |