(龍神山での)頼山陽の漢詩

  西区井口の龍神山で江戸時代に頼山陽が詠んだという「漢詩」などをこの頁で取り上げました。
西国街道 いのくち歴史の散歩道 「龍神山」  平成21(2009)年11月井口・鈴が峰魅力さがし委員会
龍神山は、1825(文政8)年広島藩編纂の「藝藩通志」の井口村絵図に「小己斐山」と記述されています。現在の「龍神山」は、明治維新後の登記の際に付けられた名称のようで、1838(天保9)年の「御巡見様御通行ニ付村内諸書出帳」にも御建山(藩所有)の「小己斐山」と記述されています。
西国街道がこの山の峠を通り、険しい難所として知られていましたが、山頂からの景観を『眺望絶景、瀬戸内海の風景一眸の内にあり月明の雅趣は比類稀なり、かって頼山陽この地に遊び一夜月を賞して、この山に「観月山」と命名し一詩を賦したといふ』と1918(大正7)年発行の「佐伯郡誌」に記載があります。






















































































   観月山の会飲に題す
頼山陽(1780-1832)
今夕、君と会して、林間を攀じる
柴を焼き酒を温め三更に至る
月は天心に懸りて銀波明るなり
秋夜、酔を尽す観月山
   望月山の会飲に題す
田能村竹田(1777-1835)
松下の枯葉を集めて酒を温め
高台、君に対して相献酬す
月は天心に懸り、虫声爽やかなり
望月山上憂を知らず
攀じる(よじる) (1)すがりつくようにして登る。 (2)つかんで引き寄せる。
三更(さんこう) 五更(≒一夜を五等分したのの)の第三。また、子(ね)の刻(≒0時ごろ)。
天心(てんしん) (1)空のまんなか。空の中心。(2)天の心。天子の心。
銀波(ぎんぱ) (1)水面に日光や月光などが映って美しく光る波。
献酬(けんしゅう) 酒杯(しゅはい≒さかずき)をやりとりすること。
広島ぶらり散歩「頼山陽関連」編を編集していますので、どういう所で一献、竹田と酌み交わしたか知らなくてはと思っていたのです。緑の減少を嘆く今日の趨勢から、単に眺望が悪いから立木を伐採しようとはならないでしょうが、(わたしは)やはり開けた景色ではなくてはと考えながら「観月山」から小己斐明神方向をみて撮影しましたが、これは腕の問題ではなく、立木に阻まれ瀬戸内海をみることはできませんでした。
そして、どういう漢詩を詠んだのだろうかと思って、井口村史をみましたが、掲載がないようでした。説明板を読むと佐伯郡誌と記述がありました。その話を交流ウォーク藤井先生に話すと、井口の昔を歩く会編「いのくちばなし」にも掲載されていますよと教えていただきました、そこでそれを参考にしてこの頁を編集しました。
10.06.23裕・記編集

10.05.01撮影
広島市西区井口2附近龍神山 (を鈴が台1付近からみる)

10.05.01撮影
現在(小己斐島側は、木立で見渡せませんが、江戸時代この岩に頼山陽座り、漢詩を読んだのかもしれません?

10.05.01撮影
説明板にあった画像を使用しています



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