(長遠寺) 被爆した墓石など

  中区大手町の長遠寺に残されている「被爆した墓石など」をこの頁で取り上げました。
資料に、長遠寺の被爆した墓石・灯籠などがあることが記載してあり、鬼瓦、半鐘などもあるとありました。
爆心地から≒790m  被爆当時町名は大手町7丁目でした。 
2005年交流ウォークで訪ねた長遠寺で被爆したソテツ、被爆した鬼瓦は撮影させていただいていました。
今(2008年)回飯田篤老のお墓を拝見に訪ねました。
その飯田篤老のお墓も被爆した墓石でしたが、墓苑の中にも他の被爆した墓石と思われるものもありましたので、撮影させていただいたのです。
  06.12.03裕・記編集

08.10.18.撮影
(被爆した思われる石燈籠) 広島市中区大手町1-10-6  長遠寺墓苑

08.10.18.撮影

08.10.18.撮影
大きなクラック(ひび割れ)が入った墓石

08.10.18.撮影
妙法 口村歴代之積重 天保十四(1843)年癸卯三月末日という期日が読めました
(みょうほう)
妙法:
1)〔歴史的仮名遣い「めうはふ」〕うまい方法。
2)〔歴史的仮名遣い「 めうほふ」〕〔仏〕
1)最もすぐれた正しい教え。特に仏の教えのこと。
2)「法華経」の教えのこと。



被爆した建物・構築物」編



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長遠寺
(境内の)被爆樹木・ソテツ
(境内の)被爆した墓石
(境内の)鈴木三重吉の墓碑
(境内の)飯田篤老の墓





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