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| 埋立工事發起者 記念 明治四十一年三月 |
| 江戸時代ここ聖山稲生神社の鎮座地はもと海中の一小島でしたと神社由来で知ったのですが、江波地区は少しづつ埋立てられてきて明治41(1908)年の埋立工事ではこの辺りが埋め立てられ地続気になったのだろうと思わしてくれた記念碑でした。 |
2007年11月交流ウォーク探検隊で聖山稲生神社を訪ねたときにみた記念碑でした。江波地区の埋立の歴史の一端ではあるのですが、少しづつでもわかってくればと思っていますが、今はどの部分を指すのかはよくわかりませんが。
また、拓本のとり方も知らぬ素人が拓本を採ったのでしょう汚れたままで立ち去る無神経さに腹立たしく思いました。 |
| 08.05.27裕・記編集 |
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