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「測點」の文字は、はっきりしていましたが、刻まれた文字が薄くなっており「明治十二年一月」のようでした。また「北緯」、「東經」の文字は読めましたがその数字は読めませんでした。
1875(明治8)年江波皿山の北側に陸軍の江波射撃場が設立されていますので、陸軍が設置した標石かなと思ったのですが、1878(明治11)年から当時の内務省地理局が「原三角点」として2重の三角形のマークに測點の文字を刻んだ測点の設置をはじめていたということから、明治12(1879)年の文字が刻まれたこの標石は内務省が設置したものかなと考えたのですが、はっきりしたことはわたしにはわかりません。 |
| 以前江波地区をぶらり散歩し、江波皿山に登った時に目に入った「測點」石柱でしたが撮影していませんでしたので、交流ウォーク探検隊で片岡会長と登った時(2007年8月)撮影したのです。 |
| 08.07.19.裕・記編集 |
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