(旧大野町の)むかえ地蔵

  むかえ地蔵尊は、元は宮島口の海中に立っておられ、満潮の時は足元を海水が洗っていました。
宮島で亡くなられた人を、舟で大野・赤崎に渡し埋葬する時、死者を迎えて導いて下さるお地蔵様でした。そのとき、お地蔵様の周りを船で二、三度回り、お祈りをして大野の岸に着けていたそうです。
ある年の台風により倒れてしまい、陸に上げられていましたが、宮島口周辺の整理にともない現在の場所に安置されました。今では死者を迎える役目もなくなりましたが、宮島の人や地元の人の手で四季折々の花が手向けられています。
宮島は、古代から「神の島」として島そのものが信仰の対象とされ、その為、島の住民には生活上のさまざまな禁忌(きんき)が課せられ、それに伴う習俗がうまれ死者の埋蔵や農耕等も禁じられていました。墓地は宮島島内には無く全て対岸の大野にありました。(米や野菜などは、渡海船:とうかいぶねで、大野より「宮行きさん」が運んでいました)また、出産も明治以前は宮島では出来きず、産気づくと舟で大野に渡し、出産して100日経って宮島に帰っていました。現在はいろいろな制約は改められてきましたが、葬送だけは現在でも大野の墓地に埋葬されています。
現在では、これは禁忌というものでなく宮島島内に墓地がないためで、宮島のお寺で葬式を済ませた後、遺体を対岸に運んで火葬し、延命寺の墓地に埋葬されています。厳島神社の神職の墓も大野の墓地にあります。
JR宮島口駅裏、程ないところに鎮座されている「むかえ地蔵尊」大野町設置の石碑でお地蔵様のお名前がわかりました。宮島には墓地の設置が認められていないことから対岸の旧大野町のこの地付近に墓地が造られたそうです、亡くなった方々をお迎えしたお地蔵様かなと思ったのです・・・・お地蔵様の由来などは後日、西尾さんに教えていただきました。
※むかえ地蔵尊の資料は、「大野歴史ガイドの会」西尾賢二氏に教えていただきました。 08.02.23裕・記編集

07.10.06撮影
広島県廿日市市宮島口2-3    

07.10.06撮影



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