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三次市三良坂町三良坂の三良坂コミュニティーセンターに開設されている「山代巴記念室」です。 |
山代巴記念室開設にあたって 2000(平成12)年4月三良坂町:三良坂町教育委員会 |
激動の20世紀その最後の年に山代巴記念室を開設します。
山代巴さんの代表作「荷車の歌」は、困難な戦中戦後を生きた農村の多くの人々に感動を与えました。山代巴さんは自立と連帯の在りようを飽くことなく表現し、日々の暮らしに人権と民主主義を深く求めようとしました。三良坂町は「平和と人権と文化」を大切にする町づくりを進めています。この取組みに共感を覚えた山代巴さんは多くの貴重な資料を私たちに寄贈されました。山代巴記念室の開設は、新しい世紀を生きる一人ひとりが「現代の民話」を生み育てるための山代巴さんと三良坂町民の協同のメッセージです。 |
(2004年4月1日に三良坂町は合併し、三次市になりました) |
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山代 巴 (やましろともえ:1929-2004) |
作家。広島県芦品郡栗生村(現:府中市栗柄町)。県立府中高女卒、東京女子美術専門学校(洋画師範科)1931(昭和6)年実家の破産で中退。
1932(昭和7)年4月日本共産党に入党、工場労働者となる。
1937(昭和12)年炭坑争議を指導した山代吉宗(1901-1945獄死)と結婚。治安維持法下で逮捕され、三次と和歌山の刑務所で服役。
1945(昭和20)年8月1日病で仮釈放で実家に帰り、敗戦をむかえる、11月三原で共産党広島県委員会設立、入党。
1955(昭和30)年1月〜1956年4月「荷車の歌」を『平和ふじん新聞』に連載。 |
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わたしは山代巴さんを知らず、山代巴記念室の資料を読み、そこでいただいた山代巴展を記録する会発行「山代巴展の記録」という小冊子で少しばかり知りました。
帰宅後女房に話したら、知っており本も読んだことがあり、知らなかったの?と云われてしまいました。 |
09.04.15裕・記編集 |