(府中村)出征軍人紀念碑

  「出征軍人紀念碑」 明治44(1911)年7月建之
宮中顧問官・陸軍少将 從三位勲二等功四級 佐藤 正謹書    (台座には)府中村軍人優待會
碑建立が明治44(1911)年ですので、明治27・28年(1894・1895)年日清戦争、明治33(1900)年北清事変、明治37・38(1905・1906)年日露戦争へ出征した軍人(たち)の記念碑と思うのですが(わたしは)刻まれた氏名階級などの文字がよく読めませんでした。
饒津神社に明治34(1901)年建立された「北清事変忠死者紀念之碑」と形がよく似ていますので一見した時、北清事変に関する碑かなと思ったのですが、こちらは「出征軍人紀念碑」でした。こちらの碑上には鷹がのっていました。
(饒津神社は戦時中供出され最近復活していますので、もともとあったものかはわかりませんが)
揮毫したのが陸軍少将・佐藤正と読めましたが、いかなる人物かみたときはわかりませんでしたが、帰宅後第3代広島市長(在任:明治29年1月〜4月)であることがわかりました。(わたしは)歴代広島市長の足跡がわかればと思っているのですが、佐藤正市長の足跡は、はじめてこの碑で出会いました。
09.05.26裕・記編集

08.11.09.撮影

08.11.09.撮影
広島県府中町宮の町3-1-20 えの宮公園根際

08.11.09.撮影
さとう ただし
佐藤 正
(1849-1920)
明治時代陸軍軍人、陸軍少将。安芸国出身。
歩兵第18連隊長。第3代広島市長。宮中顧問官。
1877(明治10)年西南戦争従軍、後歩兵将校として累進。1884(明治17)年仙台鎮台参謀。1888(明治21)年5月から休職、同(明治21)年9月歩兵第24連隊長で復職。1892(明治25)年11月1陸軍大佐進級、日清戦争に従軍。1895(明治28)年3月平壌攻略戦中重傷、この負傷で左足切断、休職、同(明治28)年(10月退役、同時に陸軍少将に進級。1896(明治29)年1月〜4月広島市長。1898(明治31)年11月宮中顧問官就任。その後、東亜同文会幹事長・愛国婦人会事務総長歴任。1915(大正4)年修道中学校総理就。



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