(被爆した建物)旧・中国配電南部変電所

  E.R.E.宇品御幸ビル(被爆建物) (旧中国配電南部変電所)
爆心地から3790m   被爆当時町名は宇品町でした。
1945(昭和20)年8月6日原子爆弾の投下により被災しましたが、爆心地から約4q離れていたことから、鉄筋コンクリート造2階建であるこの建物の被害は、窓ガラスが破損した程度で済み、現在でも往時の姿をとどめています。この建物はその後も中国電力(株)宇品変電所として電力の安定供給に貢献してきましたが1994(平成6)年新変電所の完成に伴いその用を終え現在に至っています。
(株)エネルギア不動産
資料によると、1943(昭和18)年2月中国配電南部変電所として宇品方面に電力を供給する目的で建てられました。原爆での建物への被害は軽微で済み段原変電所の修復で、翌(8月7日)日には送電を開始したそうです。
交流ウォーク集合場所だった宇品公民館に集合時間よりも早めにいきましたので公民館周りをぶらり散歩しようとして公民館の北隣に位置していたこの旧・中国配電南変電所に目に留まりみると説明板が付いており被爆した建物とわかり、撮影しました。
※広島市は爆心地からおおむね5km以内で被爆した建物を「被爆建物」と呼んでいます。 06.01.13裕・記編集
    関連頁:日本發送電慰霊碑

05.12.17撮影
広島市南区宇品御幸3-17-7

05.12.17撮影
南面

05.12.17撮影
(裏面)西面 表示版



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広島ぶらり散歩「建物」編






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