(廿日市招魂社の)誠忠碑

  誠忠碑が建立されているここ廿日市招魂社は1939(昭和14)年に創建されたそうです。
現在は小さな公園として整備されていますが、1885(明治18)年山口・広島・岡山を巡幸された明治天皇が、8月1日厳島から地御前に上陸され、人力車で廿日市に入られ岩尾澤太郎邸でお休みになった(その後広島へ向かわれた)その場所で、その地が1939年に落成した招魂社だったそうです。
明治天皇御駐蹕遺跡・碑の下に昭和14(1939)年当時廿日市町長が書いた説明板を読んで、この「誠忠碑」は、元・佐伯郡役所に建立されていたものを、この招魂社の地に移築したものだそうです。
建立が1921(大正10)年ということから、日清戰争、北清事変、日露戦争における戦死病死者を祀ったもので、題字が当時は伯爵で、日露戦争のとき連合艦隊司令長官だった、東郷平八郎だったのかと思ったのです。
07.09.27裕・記編集

07.04.12撮影
広島県廿日市市天神6 廿日市招魂社            誠忠碑

07.04.12撮影
海軍大将伯爵 東郷平八郎書 從軍者、他はよく読めませんでした
大正十(1921)年十月帝國在郷軍人會廿日市町分會建之
とうごうへいはちろう
東郷平八郎
(1847-1934)
海軍軍人。大将・元帥。薩摩国鹿児島加冶屋町生まれ。
1871(明治4)年〜1878(明治11)年英・ポーツマスに官費留学。1904(明治37)年日露戦争の際、連合艦隊司令長官として日本海海戦を指揮、バルチック艦隊を破った。ロンドン軍縮条約では締結に強硬に反対。1907(明治40)年 9月21日伯爵。1934(昭和)9年 5月29日侯爵。



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