(地御前神社の)舟形手水石

  江戸時代宝暦5(1755)年に焼失した地御前神社再建のため行われた、市立てのとき寄進されたものだそうです。
宝暦6(1756)年正月吉日、材木入札場役人中  敬白と刻まれています。
地御前神社でみた手水石です。
わが町の日吉神社では澡盥と刻まれていましたので何かなと思ったのがはじまりで、東区の聖光寺でみた盥漱石と刻まれていたことで明治の文豪・夏目漱石の名前の由来を知ったり、また白神社で被爆した手水石などなど手水石に目が行くようになり、ここ地御前神社でも目がいったのでした、数が増えれば手水石の頁を作ってみようかなとも・・・
07.11.16裕・記編集

07.09.04撮影
廿日市市地御前5-11 (地御前神社)

07.10.06撮影
ちょうずいし
手洗石
水鉢、たらい石、水盤とも呼ばれている。社寺に参詣するとき嗽手水に身を浄め、新しい気持ちになって尊前に向かう。そうした習慣は古くから行われたと思われる。江戸時代になると手水石は全国にひろがり、鳥居と同様に手水石のない神社はないほど多く造られる。
かんそう
盥漱
手を洗い、口をすすぐ
かんそう
盥嗽
手を洗い、口をすすぐ



「旧・廿日市町」編



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地御前神社
地平天成碑
手水石
水準点
(地御前神社付属の)釈迦堂
(神社根際の)皇威輝八紘碑
(神社根際の)外宮橋






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