(宇那木神社)中道卯之助翁頌徳碑

中道卯之助翁頌徳碑
男爵 若槻禮次郎(1866-1949:政治家、総理大臣)書
  中道卯之助は、明治元(1868)年8月本(緑井)村に生れました。
明治42(1909)年廣島縣(広島県)酒造組合長に推され可部支部長も兼務、以来30年間鋭意会務を統制し、(広島酒の)品質改善と生産増進を図り広島酒の名声を全国に広め、全国酒造組合中央会長の要職に挙げられました。
明治31(1898)年広島県会議員となり、翌(1890)年安佐郡会議員となり24年間郡政に尽し議長も務めました。
大正元(1912)年から昭和14(1939)年まで緑井村長職を27年務め、村政では産業、教育等の振興に尽し、広島県から模範村に指定され緑井小学校が広島県立師範学校代用付属小学校に指定され農村地帯の中心校として重きをなしました。
大正4(1915)年及び昭和3(1928)年御大礼が行われる時地方賜饌の地に選ばれ、昭和5(1930)年(昭和)天皇が福山に行幸の際は拝謁を許され叙勲のお沙汰を拝し、昭和14(1939)年高松宮(1905-1987)殿下から地方自治の功労を賞せられ、銀製の花瓶を下賜せられるなどなど累次無上の恩榮に浴しました。
関係団体が、相謀り(昭和17年3月この)碑を建て事功を勒し以って永く其の徳を頌す云う。
(第32代)廣島縣知事從四位勲三等 吉永時次(在任:1941年3月26日〜1942年6月15日)撰
碑文は仮名交じり碑文になっていますが(わたしが)理解でる限り碑文に沿うようにしましたが、分からな所もありましたので、現代文的にひらがな交じりで上記のようにしました
大礼(たいれい) ここでは=大典(たいてん)。(1)朝廷の重大な儀式。即位立后など。
賜饌(しせん) 天子から賜る食事。
下賜(かし) 天皇など身分の高い人が身分の低い人に物を与えること。
安佐南区区政振興課発行「あさみなみ散策マップ:八木ルート」にこの碑が建立されているとありましたので見よと計画しました。宇那木神社を参拝しようと鳥居をくぐったところですぐにこの碑がわかりました。参拝して帰る時、碑の裏面をみると広島県知事であった吉永時次が碑文を書いていました。広島県知事の足跡を探しているのですが(わたしは)はじめて吉永知事に関わる碑をみました。
広島市教育委員会「広島市の石碑」に建立の由来が載っていましたので碑文解読の参考にしましたが、(わたしが)吉永知事撰の文章を読んだものでは、紹介が無い文章が碑にはありました。
 10.10.19裕・記編集

10.09.09撮影
広島市安佐南区緑井7-24-3 宇那木神社

10.09.09撮影

10.09.09撮影



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