(福王寺)燈明杉

広島市指定天然記念物     指定昭和45(1970)年5月30日 広島市安佐北区可部町大字綾ヶ谷251
燈明杉(とうみょうすぎ) 樹高:23〜40m、胸高幹囲:3.1〜5.2m
  境内に燈明杉がそびえるここ福王寺は、弘法大師(空海:774-835)開基と伝えられますが、鎌倉時代以後は銀山城主、武田氏などの保護を受け、江戸時代初期の頃まで郡内真言宗の中心寺院となっていました。この燈明杉の名称の由来は明らかでありませんが、福王寺の歴史の一面をなすもので、江戸時代の地誌「芸備通志」(1825年完成)などには既に「燈明杉」と記されています。
樹齢はいずれも数百年に及ぶものと考えられ、火災や落雷による損傷の跡は歴史をしのばせます。燈明杉が残ってきた背景には、福王寺山一帯が聖域として自然環境をよく保っていることとともに、地元の人々が親しみ、大切に保護してきたことがあり、この地域の歴史と自然を知るうえで貴重です。
    昭和60(1985)年3月 広島市教育委員会
かっては、5本並んだ杉であったそうです。
1982(昭和57)年1本が倒壊する危険から伐採され、さらに1本が枯死したため2004(平成16)年根元から2.2mを残し伐採された(下画像)そうで、現在3本の燈明杉になっています。
とうみょう
灯明(燈明)
神仏に供えるともしび。昔は油を、今はろうそくなどを用いる。みあかし。
1392(明徳3)年良海(四世)住職が植えたと記録があり、『信仰の篤い善人には、杉にともる‘消えずの火’燈明がよく見えるが、悪人には見えないので、この名があるとも云われています。
亀山林堂の対山に福王寺があった頃、弘法大師(空海:774-835)が入山して、対山である現在の福王寺山の杉の頂上に燈がついていたので、大師が燈明杉と呼んだのがこの名の起源であるとも云われています。
昔、この地に疫病が流行ったとき、住民がこの杉の燈明をあげて祈願したところ疫病がおさまったので、それ以後燈明杉と名付け崇めたとも云われています。
山門をくぐり、石段の上の右側にみた大杉でした(左側は伐採されていましたが)。
以前(安芸高田市の)清神社でみた大杉を思い出しました。石段を上がるとその大きさ、聳える杉に圧倒されました。(上記の)説明板が設置されていました。わたしのデジカメでは全姿を(1カットで)撮影できませんでした。
11.01.20.裕・記編集

10.10.22.撮影
広島市安佐北区可部町綾ヶ谷251   (福王寺本堂前)

10.10.22.撮影
2004(平成16)年根元から2.2mを残し伐採された燈明杉

10.10.22.撮影
火災や落雷による損傷の跡と思われましたので撮影しました



「植物」編



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