江見水蔭・句碑

  尾道市東土堂町の千光寺公園“文学のこみち”に建立されている「江見水蔭・句碑」です。
覚えきれぬ 島々の名や 夏がすみ
            江見 水蔭(えみ すいいん:1869-1934) 
名は忠功。岡山に生れた。
巌谷小波(1870-1933)、大町桂月(1869-1925)らと交わり覗友社(けんゆうしゃ)同人となったが、1892(明治25)年には自ら江水社をおこして雑誌「小桜緘」を刊行、田山花袋(1872-1930)、太田玉茗(1871−1927)らを育てた。1894(明治27)年頃が活躍期で「文芸倶楽部」には川上眉山(1869-1908)、泉鏡花(1873-1939)、広津柳浪(1861-1928らと名を連ね、その深刻小説風の取材と清新な叙情味とを期待されたが、別に探検小説、冒険小説にも筆をとった。
「文学のこみち」を下ってきて6番目の歌碑が金田一京助歌碑で、次の7番目がこの江見水蔭句碑でした。
この江見水蔭なる人物も(わたしは)この句碑ではじめて接する人物でした。
(わたしは)この歳になると島々の名を覚えられないばかりか、あの人の名は何だったっけと名前を思い出されない事がしばしばあるのです、わたしの場合は狂句にはなっても俳句にはならないな〜〜と思いますが、もともと歌心というものがないのではありますが。
11.04.05裕・記編集

11.03.04撮影
広島県尾道市東土堂町 千光寺公園・文学のこみち

11.03.04撮影

11.03.04撮影



「文学碑など」編



広島ぶらり散歩へ

(尾道)文学のこみち


「尾道市」編






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送