吉井勇歌碑

  尾道市東土堂町の千光寺公園“文学のこみち”に建立されている「吉井勇歌碑」です。
千光寺の御堂へのぼる石段は わが旅よりも長かりしかな
東京の人。昭和11(1936)年51才のとき、四国路、中国路、瀬戸内に歌行脚を試みたが、その途中、尾道を訪れて浄土寺や千光寺に詣でたとの一首。
吉井勇  (よしいいさむ:1886-1960)
歌人。劇作家。小説家。東京出身。吉井幸蔵(海軍軍人:1856-1927)の次男。早大中退。
新詩社にはいり,「明星」に短歌を発表。1908(明治41)年パンの会を結成。翌(明治42)年「スバル」の創刊に参加。耽美派(たんびは)の中心として活躍、のち人間の悲哀をみつめる作風に転じた。芸術院会員。歌集「酒(さか)ほがひ」「祇園歌集」「人間経」、戯曲集「午後三時」、小説「狂へる恋」など。
文学のこみち19番目が(尾道)俚謡碑でしたが、そこから先に進むと20番目のこの「吉井勇歌碑」です。
刻まれた文字は達筆すぎで最初の千光寺から読めず‘の’しかわからないという情けなさで、説明板で読めましたのでホッとしました。‘・・・・・わが無知よりも短かりしかな’と模倣して詠んでみました。
11.04.18裕・記編集

11.03.04撮影
広島県尾道市東土堂町 千光寺公園・文学のこみち

11.03.04撮影

11.03.04撮影



「文学碑など」編



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