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| 御祭神 |
猿田彦神 |
| 由緒 |
御鎮座の年月は不詳です |
| 例祭 |
旧暦八月十五日 |
色の道の神様(道祖神)として境内奥には御神体があるそうです。 |
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| 「末社 道祖神社」、俗に「幸神社」といい町も幸町という、一間社流造りの本殿と幣殿及び拝殿(瓦葺板敷)があり、石造の四脚鳥居があり、石の玉垣を前面に造っています。そこの石段を降りた所に未完成の鉄鳥居があり、昔はこの辺りに辻君※がいたと伝えられています。 |
| わたしは、今回の交流ウォーク関連ではじめて立ち寄りました。交流ウォークの藤井先生にこちら宮島は「さいわい」と読み、草津の方は「こう」と読むのですよと教えていただきました。この辺り、金鳥居辻に遊郭があったそうですが、厳島神社の資料では直接的な表現を避けて記述されていました。 |
| ※解説資料は、厳島神社社務所発行「伊都岐嶋」を参考にしました |
08.01.01裕・記編集 |
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07.12.15撮影 |
| 広島県廿日市市宮島町469(幸町) |
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07.12.15撮影 |
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| (宮島・幸神社の)往来安全・碑(石燈籠) |
| 往来安全・石柱 |
書手 廣陵 長尾素介 天保二(1831)年辛卯三月吉日 宿 奈良屋助右衛門 |
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つじぎみ
辻君 |
町の路地に店をもうけて売色した下級の娼婦。
古くは、路傍に立つ娼婦を「立ち君」と呼んで区別した。 |
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