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| (厳島神社)御鎮座伝説によると、青海苔浦神社を過ぎすでに島を巡ること半ば以上になったが、御烏は現れない。久良茂止は粢(しとぎ)団子を作ってお供えし、熱祷すると、はるか御山の松陰から一双の御烏が飛来し粢団子を咋え、さらに進むのでその後に従って行った。その御烏の霊を祀ったのがこの養父崎神社だそうです。 |
| 御鳥喰(おとぐい)は、戦国時代の神官棚守房顕の「覚書」に記述があり、それ以前からあると分かり、御鳥喰式は、青海苔浦神社と山白浜神社の間に鎮座する養父崎神社の沖100m〜300mの海上に小さな筏を浮かべ、米粉を海水で練った粢団子六つが献じ。距離を置いて、船上から見守る神職たち。笛で楽を奏し、神鴉(ごがらす)の飛来を待ち粢団子を咋うことを見守ることだそうです。 |
御鳥喰式の時に烏が出てきて団子を食べる事など確率的にそうそうあるものではないのではとわたしは思っていたのですが、餌付けされるまではなくても餌を与えられているから烏が現れ食べるようになっているのではと観光船のガイドの方が乗船客に話をされていました、そうだろうな〜と。平和記念公園で弁当を食べていると鳩や雀が近寄ってくるのですが、それと同じようなものかなと、大切な神事であるのでチト不謹慎ではありますがそう思ったのです。
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| 08.06.12裕・記編集 |