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| 2006年説明板にある被爆した体育館の鉄骨で造ったという飼育舎を撮影に行ったのです、そのとき教頭先生に東門のこのエノキも被爆したエノキと教えていただき撮影しました。 |
この「エノキ」は、広島市中区国泰寺町あたりにあった木で、原爆で焼けただれていましたが生きかえり新芽を出したもので、昭和23(1948)年ごろに学校緑化のため譲り受けて学校のこの場所に植えたそうです。
また、現在はありませんが以前は説明板も設置されており、原爆のツメあとは、爆心地の反対側になって植樹された事も、エノキの場所がわからなかったわたしをわざわざ連れて行っていただき教えていただきました。
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| 07.06.15裕・記編集 |
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