類焼を免れた喜びを伝えて」記念碑

  [原爆の証言] (1945年)8月6日4時から5時推定、日赤側から焼え拡がって来た。私は(広藤忠雄)自動車課長伊倉豊久氏の指揮で居合せた車輌課の澄川某氏外1名と協力して広島電鉄本社貯水槽よりホースを引き、A地点から消火に努めたが、強力な消火作業にはほど遠いものがあった。そこへ消防自動車が来あわせて、B地点に綿布袋へ水を溜め消防車は、この水を利用して防火に努め、結果類焼を喰い止める事が出来た。
1.電鉄本社及び車庫類焼の防止には、社員が従事し、類焼を喰い止めた
     (風が西向きに急変したことも幸いした)
2.千田3丁目に憲兵隊宿舎があり、ここの非番憲兵が類焼防止に協力されたとの言い伝えもある
     (広藤忠雄氏、宮本カツさん証言)
善意のある人々の沈着勇敢な行動により、千田町3丁目以南の南千田東町・南千田西町は共に全壊・半壊・三分倒壊であったが、工学部校舎も県立工業学校も焼失することなく延焼が喰い止められた。従って家屋の下敷きになり焼死する悲惨な事はまぬがれた。
広藤忠雄氏、伊倉豊久氏、宮本カツさん、憲兵隊(人数不詳)
この方々の功績を賛え後世に伝えるものである。
平成元(1989)年11月     明日の千田を創る会
このちびっこひろばの前の電車道を挟んで向かい側に広島電鉄本社(爆心地から≒1900m)があります。ここには多くの犠牲者を出したことで原爆慰霊碑が建立されており、社屋の前には原爆被災説明板も設置されていますので、この頁の関連ということでリンクさせています。
05.12.14裕・編集
 関連頁:(碑が建立されている)(千田町)ちびっこひろば     広島電鉄株式会社・原爆慰霊碑

05.10.10撮影
広島市中区千田町3−10 (千田)ちびっ子広場前

05.10.10撮影
ちびっこひろば側から見ても表と同様の内容が記載してあります。
記念碑にある地図に何処で類焼を止めたかの線が入っています。
記念碑にある写真
「日赤付近から北方(爆心地方向)を望む、千田町3丁目以南の地区も(原爆による火災で)類焼しておれば、
このような惨状となっていたはずである」
記念碑にある写真
「(原爆による火災で)焼失をまぬかれた広島電鉄の社屋(ですが原爆による被害は甚大であった)」
記念碑にある写真
「(原爆による)爆風により倒壊した家屋の状況(南千田西町) 写真提供:中国新聞社」



「平和祈念碑等建立地一覧」編 広島ぶらり散歩へ






SEO [PR] 冠婚葬祭  避暑地 訳あり 無料レンタルサーバー ブログ SEO