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安芸郡海田町畝の観音免公園に移され展示されている「トーチカ」です。
※もともとは海田町西浜の海軍第十一空廠に造られていたものです。 |
トーチカ(tochka)とは、ロシア語で点の意味。 |
1930年代前半にソ連軍が日本軍の侵入に対抗して満州との国境線に沿って配備した鉄筋コンクリート製の恒久的火器陣地。日本軍ではこれを特種陣地と称した。厚さ1.5〜2.5mのコンクリート壁の内部に機関銃、火砲、高射砲、観測器材を収容し、独立または複数の連繋射撃によって火力の拠点とし、また逆襲攻撃の基点とする。大きな司令トーチカは数階建ての建物内に指揮設備、通信設備、居住設備が整い、周辺のトーチカ群との間を地下道で結び、鉄条網、地雷原との組合せで強力な要塞となる。
その後、日中戦争の中国軍、ヨーロッパ戦線の独・仏軍、太平洋戦線の日本軍がトーチカを構築している。トーチカ攻撃には、大規模な砲爆撃が正攻法で、近距離からの銃眼射撃、爆薬の投げ込み、火炎放射器による攻撃も効力がある。 |
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トーチカ説明板 |
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わたしは、トーチカの言葉は知っていましたが、その意味は知りませんでしたし、はじめてここ観音免公園でみました。 |
03.02.13裕・記編集 |