ラサール神父・レリーフ

  被爆者でもあるラサール神父のレリーフが祭壇横の壁に設置されています。
独逸で死去された神父は(普通は埋葬と云う独逸で)火葬にされ、その後、分骨され日本の地に帰ってこられているとお聞きしました。
彫刻関係の資料をみていると吉田正浪作のレリーフという事を知り追記しました。
 07.07.28追記   05.05.25裕・編集

05.05.11撮影
広島市中区幟町4‐42  世界平和記念聖堂祭壇横
Hugo Lassalle
フーゴー・ラサール
えのみやまびき
愛宮真備
1898 11月11日獨逸・ウェストファーレンに生まれる
1919 イエズス会に入る
1929 昭和4年 来日
1940 昭和15年 独・西管区から派遣、広島での責任者
1935年-1949年、日本イエズス会は独逸・西管区に属していた
1945 昭和20年 8月6日被爆
1946年-1954年、世界平和記念聖堂の建設をすすめる
1948 昭和23年 10月日本に帰化
1968 昭和43年 広島市名誉市民
1990 平成2年 7月7日ドイツで死去
原田祖岳らに禅をまなび、欧州で指導。
著作に「禅−悟りへの道」などがある。





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