(仏通寺参道沿いNo.3)仏通寺のイヌマキ他

  仏通寺の参道(仏通寺駐車場から、仏殿などを拝観するための大きな杉木立の中参道)を歩いたのです、スギとは違う樹木だなと思ったら広島県の天然記念物イヌマキでした。イヌマキの巨木や(個人の建立のようでしたが)日支事変供養塔等が目に留まりましたのでここで取り上げました。
05.03.20裕編集

05.01.14撮影
仏通寺のイヌマキ
広島県天然記念物 昭和36(1961)年11月1日指定
  仏通寺の本堂に渡る木橋の手前左手にある大木で、通常ラカンマキと呼ばれている。
根回り周囲4.50m、胸高幹回3.52m、眼通り幹回3.56mで地上約4.00mのところで東西の二大支幹にわかれる、約5.00mの高さで東方の支幹は更に四大枝に、西方のものは五大枝にわかれる。更に上方3.50mで両支幹は多数の小枝をわけてほうき状に展開し、短楕円状の樹冠をつくっている。
イヌマキは、本州中部以南の暖地に生育する高木で、50〜60年前には幹回り3.00m以上の大木は諸所に生育していたようであるが現在ではきわめて少ない。また雌雄異株の樹種であるが、仏通寺のこれは雄株である。
学名:Podocarpus macrophylla D. Don 仏通寺の開山・愚中禅師が植えたものであると伝えられ、県下有数のイヌマキの巨木である。

05.01.14撮影

05.01.14撮影
いぬまき
犬槙
マキ科の常緑高木。暖地の山林に自生し、高さ20mに達する。
葉はほぼ披針形で互生する。雌雄異株。果実は緑色、果托は赤色に色づき食べられる。材は建築や桶材などに用いる。庭木・生け垣にする。クサマキ。単にマキともいう。

050114撮影
仏通寺附近の山

050114撮影
日支事変供養塔     昭和十六(1941)年五月  (個人建立)
にっちゅうせんそう
日中戦争
1937(昭和12)年7月7日、盧溝橋(ろこうきよう)事件にはじまり、1945(昭和20)年8月15日、日本の無条件降伏にいたるまでの日本と中国の戦争。
当初、日本政府は北支事変とよび、不拡大方針をとったが、軍部は戦線を拡大して主要都市・鉄道沿線を占領、宣戦布告のないまま、全面戦争に発展。中国は1937年9月の第二次国共合作による抗日民族統一戦線が各地で抗日戦を強化した。1941年12月太平洋戦争の開始後は第二次大戦の一環となった。当時、日本側は支那事変・日華事変・日支事変とよんだ。
『県立自然公園 仏通寺御調八幡宮』の案内板



仏通寺(概説)
(佛通寺)仏殿、大方丈など
(佛通寺)開山堂など
参道沿い
種田山頭火句碑
(枯死した)臥龍の松
「植物」編



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