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| 資料によると禿翁寺には被爆したお地蔵様、墓石の記載がありました。 |
| 爆心地より≒1570m 被爆当時町名も東白島町でした |
| 2005年11月被爆樹木の資料を見ていて、被爆した樹木(爆心地から≒1580m)をみるために訪ねたのです。境内に入ってすぐ西側の塀沿いに地蔵尊が目に留まりました、よく見ると大きなクラック(ひび割れ)が入っていました。このお地蔵様方々は被爆されたお地蔵様だろうなと思ったのです。今(2008)年になって墓地も拝見させていたき、被爆した墓石などが集められ供養されていました、無縁之墓と刻まれた石碑は建立年月から被爆したものと確認しました。 |
| 08.08.22裕・記編集 |
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’06.01.21.撮影 |
| 広島市中区東白島町8-8 |
2007年7月新聞をみているとご住職の話が載っていました
「六地蔵尊の内の一体は、原爆で粉々になったそうで、前代住職家族の身代わりになっていただいたのではないだろうか」 |
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’08.03.03撮影 |
| 無縁のお墓が集め供養されていました、いずれも被爆した墓石のようでした。 |
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| 無縁之墓 明治四十■(四)年十一月建之 (建立年代から被爆したものでした) |
寶暦六丙子(1756)年九月 |
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