大藤道:修路碑文

  落合から大藤へ十八町余(約2km)を工事し大籐道といい、人はなんとか通行できたが馬車などは困難であった、下瀬野村・収入役:太尾田清太郎は道路の改修を考え、10人の賛同者と相談し境界をはっきりさせ道路幅を六尺(約1.8m)とし、明治42(1909)年4月起工、9月に完成した。
わが家から山の手に登って行った山王神社に建立されています(昔は下瀬野、大藤の峠頂上にあったと聞きます)。今でも狭い道のままですが国道2号線が渋滞したときなどは、長男は通学(車)で利用していたようで、遅くなると狸などに出合ったりしていたようです。
07.01.08裕・記編集
   関連頁:(瀬野南町)山王神社

’06.02.26.撮影
広島市安芸区瀬野南町 (山王神社)

’06.02.26.撮影
本村=下瀬野村
18町≒1964m≒2km
1町≒109.0909m
6尺≒1.818m≒1.8m
1尺≒0.3030303m
田三畝二五歩
畑二畝一三歩
宅地二歩
寄贈地計6畝10歩≒6.27アール
明治42年=1909年
明治44年=1911年













太郎















文碑路修






































便



























































































広島ぶらり散歩「道標など」編



広島ぶらり散歩へ
「わが町附近」編






SEO [PR] 冠婚葬祭  避暑地 訳あり 無料レンタルサーバー ブログ SEO