大藤道:修路碑

  安芸区瀬野南町(字大藤)の山王神社境内に建立されている「大藤道修路碑」です。
※もともとは大藤峠の頂上付近に建立されましたが、
   2004(平成16)年4月東広島バイパス工事に伴い現在地に移設されたそうです。
※1909(明治42)年に大藤道が整備されて以来、たびたび整備されてきたでしょうが、
   2004(平成16)年に東広島バイパスに伴い大幅に整備され道路の位置も変わっています。
※2019(平成31)年3月から2020(令和2)年12月末バイパス工事でその部分から通行止になっています。






























文碑路修








































便

























































































本村=下瀬野村
18町≒1964m≒2km     1町≒109.0909m
6尺≒1.818m≒1.8m    1尺≒0.3030303m
 田三畝二五歩
 畑二畝一三歩
 宅地二歩      
寄贈地計6畝10歩≒6.27アール
明治42年=1909年   明治44年=1911年
落合から大藤へ十八町余(約2km)を修路工事しました。
もともとの大籐道は、人はなんとか通行できましたが馬車などは困難でした。
下瀬野村・収入役:太尾田清太郎は道路の改修を考え、10人の賛同者と相談し境界をはっきりさせ道路幅を六尺(約1.8m)とし、明治42(1909)年4月起工、9月に完成しました。
わが家から山の手に登って行った山王神社に建立されています(昔は下瀬野、大藤の峠頂上にあったと聞きます)。今でも狭い道のままですが国道2号線が渋滞したときなどは、長男は通学(車)で利用していたようで、遅くなると狸などに出合ったりしていたようです。
2016年瀬野川流域郷土史懇話会発行「せの歴史散歩マップ」で、もともとは大藤峠頂上付近に建立されていたことを知り撮影に行ってみました。
20.08.28.更新    07.01.08裕・記編集
   関連頁:(瀬野南町)山王神社

06.02.26.撮影
広島市安芸区瀬野南町 (山王神社)

06.02.26.撮影

16.12.17.撮影
              大藤道修路碑               山王神社鳥居

16.12.17.撮影
(もともとは修路碑が建立されていたと聞く)大藤峠附近

16.12.17.撮影
中野東方面から瀬野方面へまもなく大藤峠にでます  (画像右側:東広島バイパスの擁壁)

16.12.17.撮影
(画像左側)東広島バイパス  峠頂上付近は(バイパス工事で)広い幅で整備されています)

19.12.09.撮影
(大藤道中の東側)細工2号池の処に設置されている工事看板
2km先の東広島バイパス・カルバート延伸工事により全面交通止になる看板
カルバート (Culvert)≒暗渠(あんきょ)。
用水や、排水のための水路が道路、(鉄道、堤防)などの下に埋設されたとき、とくに暗きょといい、陶管や鉄筋コンクリート管の管きょとボックスカルバート(断面が長方形のもの)やアーチカルバートの様な石造りや鉄筋コンクリートのものがある。


「道標など」編



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「わが町(旧・瀬野川町)附近」編





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