片足鳥居 (山王神社二の鳥居)

  長崎市坂本の山王神社の被爆して片方だけで立つている「片足鳥居」です。
被爆した鳥居
この鳥居は1924(大正13)年10月に山王神社の二の鳥居として建てられたが、1945(昭和20)年8月9日午前11時2分原子爆弾の炸裂により一方の柱をもぎ取られてしまった。
ここは
爆心地から南東へ≒800mの距離にあったが強烈な輻射熱線によって鳥居の上部が黒く焼かれ、また爆風によって一方の柱と上部の石材が破壊され、上部に残されたかサギは風圧で反対方向にずれている。
ただ一個の原子爆弾によって当地区もまたことごとく灰じんと帰したがこの鳥居は強烈な爆風に耐えあの日の惨禍を語り継ぐかのようにいまなお一方の柱で立ち続けている。しかし、その後永井年月を経たため安全を考慮して柱の基礎部分や接合部の補強工事を行った。長崎市はこの地で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、二度とこのような惨禍が繰り返されないことをねがってこの銘板を設置する。
2001(平成13)年 長崎市
この片足の鳥居は何かの資料で見た時の強烈な印象から是非に訪ねて見たいと思っていたのです。
破壊され崩れた残りの鳥居が(根際に)整理され展示されていることは観光本に記述がありませんでしたので、石造物は残るものなのだと改めて思ったのでした。
05.10.19裕・記編集
   関連頁:(長崎・坂本)山王神社
 広島の被爆鳥居関連頁:広島護国神社の鳥居(爆心地から≒370m) 空鞘稲生神社の鳥居(爆心地より≒630m)

05.10.14撮影
長崎市坂本2-6-56

05.10.14撮影
(被爆60年後)現在の鳥居と説明板 被爆当時の鳥居(説明板の写真を使用しました)

05.10.14撮影

05.10.14撮影

05.10.14撮影
山王神社二の鳥居の吹き飛ばされた左半分
ここに横たわるのは1924(大正13)年に建立された山王神社二の鳥居の吹き飛ばされた左半分です。
山王神社の参道には一の鳥居から四の鳥居までありましたが、1945(昭和20)年8月9日(米軍)の原爆投下により爆風に対し平行にたっていた一の鳥居と二の鳥居を残しあとは倒壊しました。一の鳥居はほぼ原形のまままた二の鳥居は爆心地側の左半分が吹き飛ばされたものの奇蹟的に右半分だけ残りました。しかし戦後一の鳥居は交通事故で倒壊したため現在も当時のままの姿で立っているのは、二の鳥居だけとなりました。



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