(長久寺の)被爆した墓石

  中区大手町の長久寺に残っている「被爆した墓石」をこの頁で取り上げました。
本圓山・長久寺は、法華宗真門流のお寺です。
資料に被爆した墓石の記述がありました。
爆心地より≒830m  (被爆当時町名は大手町)
資料に被爆した墓石の記載がありましたので、訪ね、撮影させていただきました。
墓地で歴代御住職の墓(被爆した墓石)がありましたので、帰宅後知新集で、御住職の遷化年を調べてみました。
他のお墓で(わたしが拝見した中では)明和2(1765)年と刻まれた墓石が一番古いものでした。弘化年間のお墓もあり、万延は元年しかありませんんが1860年のお墓もありました。
戦後建立されたお墓とは違い、被爆した墓石は一目見ただけで、被爆した墓石でした。
10.08.08裕・記編集

09.11.26.撮影
広島市中区大手町3-8-14





















09.11.26.撮影









廿















09.11.26.撮影

09.11.26.撮影
歴代御住職の墓 開山:日證 寛永9(1632)年9月16日遷化
三世:日慈 寛文5(1665)年10月8日遷化
五世:日C 明和2(1765)年正月16日遷化
六世:日誠 安永8(1779)年4月朔日遷化



被爆した建物・構築物」編



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(長久寺の)被爆した墓石など





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