桂公園碑

  廿日市市桜尾本町の桂公園内に建立されている桂公園碑」です。
荒川五郎  あらかわごろう(1865-1944)
広島生まれ。1893(明治26)年日本法律学校。日本大学教務主任。中国新聞主筆。
1904(明治37)年3月-1923(大正12)3月衆議院議員。
※官位部分が塗潰されています、理由はわたしには分かりません














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桂太郎 かつら たろう (1848-1913)
  長門國阿武郡(あぶぐん)萩町生まれ。陸軍軍人、政治家。父は萩藩士。
戊辰戦争(1868-1869)に従軍。1870(明治3)年独逸(私費)留学。1875(明治8)年独公使館付武官(再び)渡欧。独軍政の調査・研究に従事。1878(明治11)年帰国後山県有朋の下、兵制・陸軍官制改革を行う。1886(明治19)年陸軍次官。日清戦争では第3師団長。第2代台湾総督、東京防禦総督を経て、第3次伊藤内閣で陸相、第1次大隈・第2次山県・第4次伊藤各内閣でも陸相留任。
1901(明治34)年6月首相に就任(第1次桂内閣1901年6月−1906年年1月)。その後西園寺公望と交代で首相をつとめる(桂園時代とよばれた、第2次桂内閣1908年7月-1911年8月。第3次桂内閣1912年12月-1913年2月)。日英同盟締結、日露戦争、日韓併合などを主導。元老として内大臣をつとめたのち、再び首相となるが、憲政擁護運動により退陣した。1913(大正2)年10月10日胃ガンで死去。
明治時代の人物で桂といえば桂小五郎(木戸孝允)しか浮かばなかったわたしでしたが、
帰宅後経歴を調べたら、連続ではないにしても内閣総理大臣在職日数2886日で歴代1位だったことを知りました。
碑文を読んでみましたが不明な文字もあり旧字でPCで表せなかった字もあります、また間違いもあると思いますので、ご指摘ご指導をよろしくお願いいたします。
07.09.16裕・記編集

07.04.12.撮影
廿日市市桜尾本町11 桂公園
桂公園碑 大正二(1913)年十一月建之 廿日市町




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