明治天皇御用品奉置殿

  廿日市市天神の廿日市招魂社に建てられている「明治天皇御用品奉置殿」です。
※また、「皇太子殿下御播種松・碑」もこの頁下段で取り上げています。
この廿日市招魂社は、1939(昭和14)年に創建されたそうです。
現在は小さな公園として整備されていますが、1885(明治18)年山口・広島・岡山を巡幸された明治天皇が、8月1日厳島から地御前に上陸され、人力車で廿日市に入られ岩尾澤太郎邸でお休みになった(その後広島へ向かわれた)その場所で、その地が1939年に落成した招魂社だったそうです。
明治天皇御駐蹕遺跡・碑の下に昭和14(1939)年当時廿日市町長が書いた説明板を読んで、
この「明治天皇御用品奉置殿」は、元・佐伯郡役所にあった奉安庫を広島県より譲り受け、天皇関連の御遺物を安置し、遺跡を記念するために1939(昭和14)年この地に建てたものであるようです。
また、小さな石碑は目に留まりました、犬に糞をさせないようにとの現代の標識をかけてありましたが除けると、
「皇太子殿下御播種松  大正十五(1926)年5月」と刻まれていました、大正15年皇太子殿下(後の昭和天皇)がこの地にも足跡を残されていることが分かりました。
07.09.25裕・記編集

07.04.12.撮影
広島県廿日市市天神6  廿日市招魂社

07.04.12.撮影

07.04.12.撮影
殿置奉品用御皇天治明

07.04.12撮影
皇太子殿下御播種松・碑
  また、小さな石碑は目に留まりました、犬に糞をさせないようにとの現代の標識をかけてありましたが除けると、
「皇太子殿下御播種松  大正十五(1926)年5月」 と刻まれていました、大正15年皇太子殿下(後の昭和天皇)がこの地にも足跡を残されていることが分かりました。
松の木は根際にはありませんでしたので、松枯れにあったのではと(勝手に)おもったのでした。
07.09.25裕・記編集

07.04.12.撮影
皇太子殿下御播種松  大正十五(1926)年5月
  皇太子殿下裕仁親王(後の昭和天皇)は1926(大正15)年中国3県を視察されました。
1926(大正15)年5月21日軍艦長門で岡山県宇野港へ上陸され岡山県を行啓、5月24日福山市を行幸、広島の比治山・御便殿広場には5月26日行啓され広島市内を展望された。その後5月31日には山口県に行幸されたそうです。
   関連頁:(比治山建立の)皇太子殿下御展望之御趾:碑  (安佐南区・久保山神社)皇太子殿下御播種黒松・碑   



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