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安佐南区川内に鎮座している「黄幡神社」です。
※また、境内に設置(移設され?)されている「川内村・緑井村村境石碑」も取り上げています。 |
当社(黄幡神社)創建の時期は記述資料に乏しく不明なのですが、安藝國守護職武田氏所属の川内衆水軍の総師・福島大和守親長が、川内堤防守護神として、北の庄堤防寄りに創設鎮座されたものと伝えられ、爾来「おんばんさん」と呼ばれ崇拝されてきました。
文政3(1820)年4月庄屋直三郎組頭茂三郎にとって下温井堤防上に再建され、神殿は室町期の建築技法がもちいられ、当時の棟札には「黄幡社」と記されています。
昭和2(1927)年10月神殿を復元し幣殿、拝殿を新築このたび山陽高速自動車道の建設により復元再建されました。 昭和62(1987)年10月吉日 |
「あさみなみ散歩マップ:東野・川内ルート」に紹介がありましたので参拝しようと訪ねました。
境内に由来板が建立されており詳しい由来(上記)がわかりました。由来板にある福島大和守の墓とつたえられている処にはいきませんでしたので、次の機会とし、この頁を編集しました。 |
「マップ」には紹介がなかったのですが、境内隅に小さな石柱があり、刻まれた文字は薄くはなっていましたが、「川内村」他面に「緑井村」と刻まれているようでしたので、村境の石柱だなと思ったのです。 |
11.01.06裕・記編集 |