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東区二葉の里の明星院・本堂に安置されている「赤穂義士木像」です。
※もともとは、義士堂に安置されていましたが、義士堂が原爆で倒壊し、現在本堂に安置されています。 |
本堂内陣の左右に四十七義士の木像があります。
右側には大石内蔵助以下表門隊、左側には大石主税率いる裏門隊の面々が並んでいます。
明治時代の作とされ、作者は不明の赤穂義士木像は像高70cm、楠の一木造(いちぼくづく)りです。広島浅野宗家と赤穂浅野分家の関係にあることからここ明星院に四十七義士の木像があるそうです。 |
1945年8月6日義士堂は原爆の爆風で倒壊したものの焼失は免れたそうで、この木像は現存しています。
爆心地より≒1,800m |
少しづつわかってきましたので、「赤穂義士関連」編を編集しています、そちらも覗いていただければと。
赤穂義士木像が被爆したものと記述していましたが、原爆の影響で、腕などを失った像もあり見てきましたが、撮影していませんでした。今(2012年)になりましたが、撮影しましたので追記しました。しかしあの像もこの像もというように撮影していませんので。 |
12.09.27.更新 05.05.21裕・記編集 |
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05.05.11.撮影 |
広島市東区二葉の里2-6-25 (明星院・本堂)
大石内蔵助以下表門隊 |
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05.05.11.撮影 |
大石主税率いる裏門隊 |
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06.06.01.撮影 |
大石内蔵助良雄 家老 1500石 44歳 |
堀部彌兵衛金丸 留守居隠居 50石 77歳 |
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06.06.01.撮影 |
吉田忠左衛門兼亮 郡代 200石 63歳 |
大石主税良金 部屋住 15歳 |
小野寺十内秀知 京都留守居 150石 66歳 |
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05.05.11.撮影 |
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原 惣右衛門元辰 戒名:刃峰毛剣信士 |
広島浅野宗家と赤穂浅野分家の関係図 |
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12.02.04.撮影 |

12.02.04.撮影 |
原爆時の倒壊で左手が無くなった像 |
(原惣右衛門元辰像後ろの)矢頭右衛門七教兼像も左手を失っています |
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